倫理的に振る舞うために必要な能力はなんだと思われるだろうか。 「正義感」とか、正義を実行するための「勇気」とか、 「正直さ」いう答えが返ってくるのではないだろうか。 「正義感」も「勇気」も持っていたほうがいい。 だが「正義感」とは何か。 「悪を憎む気持ち」だとしても「悪」とは何か。 結果的に倫理に反する行動をとった技術者について事例を調べていくと、 はっきり「悪」と分かっていた場合などほとんどない。 正義感の強い技術者が結果的に反倫理的行動をした例はいくらでもある。 また「勇気」とは何か。 クビになるのを恐れないことか。 だが、クビをかけてまで企業不正と闘わなければならない技術者が そんなにいるのだろうか。 「正直さ」は確かに大切である。 だが正直なだけでは常に倫理的でいられるとは限らない。
私の個人的意見では、倫理的に振る舞うために必要な能力は、
正直さのほかに次の5つである。
| 想像力 | 問題の所在に気づく,対処法に気づく |
| 認識力 | 問題を見定める |
| 分析力 | 問題を分析する |
| 包容力 | 他の価値観を受容する,あいまいさを受容する |
| 責任感 | 解決する努力をする |
認識力とは、問題の所在になんとなく気づいた後、 それをきちんと定式化する能力である。 問題点の把握能力と呼んだほうがいいかもしれない。 生じるかもしれない事柄の中で、何が重要なのか、 何が付随事項にすぎないのかをはっきりさせることのため、 認識力が大切である。
分析力とは、分析の道具を使う能力である。 モラル問題はほとんどが線引き問題か相反問題であるという知識を使い、 さらにその解決法として知られている手法を使いこなす力が この分析力である。 なお、想像力と認識力の区別は明瞭ではないし、 認識力と分析力も明瞭に区別できるものではない。
包容力がないと、自らの価値観に拘って他者の価値観を受け入れられず問題を起こす。 また、モラルの問題というのは唯一無二の解などなく、あいまいさはどうしても残る。 あいまいなままでは行動に移れないようでは、問題発生を防止できない。 あいまいさの包容力は決断力に結びつくものである。
責任感が重要だというのは誰しも納得であろう。 解決しようという努力なしには何事も解決できない。 ただ、責任感は直接の当事者だけでなく、 多少なりとも関係するすべての者に要求されることを忘れてはならない。 それを解決しなくても非難されない立場にある者が行動することで 防げる問題はいくらでもあるのである。
こうして並べてみると、 そのほとんどが訓練によって向上できるものであることに気づくだろう。 想像力も天性のものだけでない。 事例を多く知ることでいくらでも豊かになる。 まして認識力、分析力を磨くのに訓練は不可欠である。 他の価値観を受け入れる包容力も他の価値観を知ることで育ち、 あいまいさへの包容力も訓練で伸びていく。 そして直接非難される立場にないときの責任感などは、 自らが問題を解決しうると知ることで出てくるものであり、 訓練なくしては生まれないだろう。
予防倫理学習が必要な所以である。
技術倫理のトップページへ