背信の科学者たち

W. Broad と N. Wade によると、 科学における欺瞞は特殊なものではなく、 枚挙に暇がないほどであるという。 以下は、「背信の科学者たち」 W. ブロード・N. ウェード著、牧野賢治訳、 化学同人 からの抜粋である。


  • プトレマイオスは、"古代の最も偉大な天文学者"として知られている。 しかし、彼の観測の大部分はエジプトの海岸で夜間に行われたのではなく、 白昼、アレクサンドリアの大図書館で行われた。 彼は図書館でギリシャの天文学者の研究を解析し、自 分が行った研究であると主張した。
  • ガリレオ・ガリレイは、真理の裁決者は実験であって、 アリストテレスの著作物ではないと主張し、 近代の科学的方法の創始者とあがめられている。 しかし、17世紀のイタリアの物理学者たちは、 ガリレオの実験結果を再現することは難しく、 彼がほんとうに信頼できるような実験を行ったかどうかについては疑いを抱いていた。
  • アイザック・ニュートンは、重力の法則を数式で示した天才だが、 彼の研究の予言能力を実際以上に大きなものに見せるため、 大作『プリンキア』の中で不明確な偽りとも思える要因をもち出した。
  • 化学結合の法則を発見し、 種々の原子の存在を証明した19世紀の偉大な化学者ジョン・ドルトンは、 今日の化学者でも再現不可能なほど見事な実験結果を発表した。
  • オーストリアの神父であった遺伝学の創始者グレゴール・メンデルは エンドウに関する論文を発表したが、 その中に見られる統計は事実としてはあまりにもできすぎたものであった。
  • アメリカの物理学者ロバート・ミリカンは、電子の荷電量を最初に測定し、 ノーベル賞を受賞した。 しかし、 彼は自分の実験結果に説得力をもたせるために 研究内容を広範囲にわたって誤まり伝えた。


少し補足しよう。
プトレマイオスの件については、指摘されていることがなにか 分かりやすいと思うので、これ以上の説明はしない。
ガリレオの実験とは、長い板に溝をつけ、そこへ真ちゅうのボールをころがし、 落下に要する時間を測定することによって、 落下体に関する理論を裏付けたというものである。 100回ほどくり返された実験により、 ガリレオは落下時間が彼の法則どおりであることを示したとされる。 しかし同時代の研究者は実験結果を再現できず、 ガリレオが実験したことさえも疑っていたという。
ニュートンは音速や春分点の歳差運動に関する自分の計算を修正し、 さらに万有引力の理論の中のある変数の相関関係を理論と合致させるよう 改めたといわれる。
ドルトンは2つの元素が1つの化合物を構成するときには一定の割合で結合する ことを唱えた。 その証拠として、酸素は窒素が一定の割合で結合すると述べている。 しかしこれは今追試してみても彼の主張した最もよい結果は再現不可能である。
メンデルのエンドウ豆に関する実験については、 「ほとんどのデータがメンデルの期待によく一致するよう曲げられている。 彼がデータを操作しなかったとしたら、彼の期待を理解していた 実験助手に欺かれたにちがいない」 とされている。
ミリカンの油滴による荷電量測定では、 38回の測定から7つの測定値を捨て去った、 すなわちデータ操作が行われたことをミリカン自身が認めている。
この本では野口英世も断罪されている。 種々の病原体を培養したという彼の主張は今や誰も認めない。 エリートであったがゆえに当時は論文の審査を免れていた彼は、 畏敬する恩師フレクスナーのためせっせと無意味な論文を書きつづけたもの とされている。

この本の目的は 「科学とは客観的なものであり、モラルなどが問題となることはない」 という楽観論を戒めるものであるから、 科学の世界における背信行為が次から次へと披露される。 そして、どこまでが背信行為か、どこまでは許されるか、を考えさす 非常に良い教材となっている。 まさに「正直さとは何か」を問う書物である。
ただ、私個人としてはこの本の著者に全面的に賛成する気にはなれない。 一番気になるのは、現代人の倫理観で過去の研究者を批判している点である。 問題提起のために仕方がなかったのかもしれないが、 「背信者」とまで呼ばれた偉大な科学者たちが少々気の毒である。

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