最大多数の最大幸福を論じるとなると、幸福とは何かが問題となる。 ある人が感じる幸せは、他の人には必ずしも幸せと感じられるものではない。
しかし、人が幸福を求める前提として満たしていなければならない条件が2つある。 自由(freedom)と福利(well-being)である。 自由とは、強制を受けず自らの好みで選ぶ能力である。 人は生来、自身の一生について、他人に強制されず、 自ら決定することを好むものである。 たとえそれが例えば親の意志に沿ったものであっても、 最終決定は自分で下せる保証があることが、幸福の前提となる。 福利とは、自由を有効に利用できることを保証する条件、 健康・衣食住・教育等が与えられていることである。 日 本国憲法 第25条、26条で保証しているものであり、前述の自由と合わせて基本的人権である。 教育も与えられず病気がちで飢えている状態で自由であっても、幸福にはなれない。
さて、さらに踏み込んで「幸福とは」を論じることはここでは避けたい。 興味があれば「幸福論」を論じた書物は多いので、それを参照されたい。
幸福とは欲求が満たされた状態といえるかもしれない。 ところで人間の欲求にはどのようなものがあるだろうか。 A. マズロー によれば人間の欲求は次のような階層構造になっている。
欲求といえば、私の先生から聞いたことで忘れられないことがある。
それは(これは男の場合だけだと思いますが)、
「20代は女、
30代は金(かね)、
40過ぎればひたすら名誉」
なんだそうです。
まあそうかなあ。
私は必ずしも賛成しませんが。
(20代は女、30代も女、40過ぎても女、女、女・・ではないですが。)
こういう話は学生の皆さんにはまだぴんとこないでしょうね。
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