空前の食品公害となったカネミ油症事件で、PCBが混入した食用油を製造、
販売したカネミ倉庫会社(北九州市)の幹部二人が業務上過失障害の罪に問われていた
カネミ油症事件刑事裁判の判決公判は、
24日午前10時から福岡地裁小倉支部刑事一部で開かれ、寺坂博裁判長は、
元同社製油部工場長森本義人被告(53)=北九州市小倉北区=に禁固1年6月(求刑2年)
の有罪、同社社長加藤三之輔被告(64)=同区=に無罪(求刑禁固2年)の判決を
言い渡した。
寺坂裁判長は判決で、最大の争点になっていた事故の予見可能性について 「PCBは塩素化合物であり、人体に摂取されれば何らかの危害が発生すること、 またPCBが過熱分解し、腐食性を生じることやPCBと食用油が接近して使用されて いたことなどから、漏出混入することも予見できた」と述べ、森本被告について 「製油部門の技術的最高責任者としてPCBによる事故が予見できた以上、 装置などの保守管理、適正な運転などをする注意義務があったが、いずれも怠り、 大きな被害を生じせしめた責任はきわめて重大」と刑事責任を断罪したが、 加藤被告については「会社で一般的統括責任はあったものの、 PCBによる事故を予見できず、刑事上の過失責任を負うほどの監督責任は 認められない」との理由から、業務上過失傷害罪は成立しないとした。 事件発生から10年ぶり、起訴から8年ぶりの判決である。 しかし、もう一つの食品公害の森永ヒ素ミルク中毒事件の刑事判決と同様、 こんども「安全対策は、企業活動を左右し得る最高責任者の責任である」 とする検察側の主張は受け入れられず、加藤被告の責任をきびしく追及していた 患者側の被害者感情にそむく結果となった。
食品公害をめぐる刑事判決としては、 この油症判決は森永ヒ素ミルク中毒事件についで二番目。 しかし、森永ヒ素ミルク事件は、 食品添加物に対する食品業者の注意義務を問題にしたのに対し、 カネミ油症事件で問題になったのは、本来、食品と接することのない 工業薬品に対する注意義務だった。 事故発生のメカニズムは極めて複雑で、業務上過失傷害罪の成立要件である 事故の予見可能性を最大の争点に、審理は科学論争の様相を見せた。
カネミ油症事件では、刑事裁判のほか、民事裁判が提起されたが、 すでに昨年10月に福岡地裁で、また10日には同地裁小倉支部で、 カネミ倉庫と同社にPCBを売り込んだ鐘淵化学工業(大阪市) の損害賠償責任を認める判決が下されている。 この結果、福岡、長崎、広島各県などで被害届だけで約13,000人、 認定患者1,665人(うち死者51人)という大規模な被害を出したこの事件の責任問題は、 一応の決着をみたことになる。
被害の大きさについては、 こちらも読んでください。
8年にわたる審理で、被告弁護側は
「当時、PCBの毒性や腐食性は鐘化のカタログでは知ることができず、
事故の発生を予見することはできなかった。
従って結果回避義務もなく、業務上過失傷害罪は成立しない」と反論。
さらに、加藤被告については「事務系出身で、技術面には関与できなかった」
と業務性を否認、同被告の無罪を主張していた。
| 判決主文 1.被告人森本義人を禁固1年6月に処す。 1.被告人加藤三之輔は無罪とする。 |
1.本件はカネミ本社製油工場内脱臭缶蛇管に生じた腐食孔から熱媒体PCBが 米ぬか油中に漏れた結果生じた有機塩素中毒事件である。 蛇管の腐食はPCBの過熱分解により生成した塩酸の作用によるものである。
1.被告人森本はPCBの経口摂取による人体への有毒性、 蛇管が腐食及び修理時の衝撃等により開孔してPCBが漏れることを 予見可能できたが、本件結果を回避すべき業務上の注意義務があるのに これを怠った過失がある。
1.被告人加藤にはPCBが米ぬか油に漏れて混入する具体的予見可能性がなく、 その職責に照らし、直接的な過失責任は認められない。 一般的統轄責任はあったが、刑事上の過失責任を問うだけの 具体的個別的監督責任は存在せず、監督者としての過失責任も認められない。
寺坂裁判長は判決後、次のような談話を発表した。
苦心したのは真実は何か、法は何を規制し、何を求めているかという点だった。 判決を終わってほっとした。 人里離れた野道を静かに散歩したい。
患者も支援のグループも、さめた目で、耳で、結果を受け止めた。
24日朝、カネミ油症刑事裁判の判決。
工場長は有罪になったものの、社長は無罪。
福岡地裁小倉支部の内外に、うず巻く興奮はなかった。
発生後10年の時の流れが「この一瞬」の激情を奪い去っていた。
かつて、カネミ倉庫に向けられていた患者の怨念は、二つの民事訴訟の判決を経て、
その中心をPCBの製造元、鐘淵化学工業に移しつつある。
北九州市小倉北区のカネミ倉庫の工場にある脱臭装置には
「悪魔の油」を生んだPCBにかわって、いま、電気の熱が使われている。
「いまさら、カネミ倉庫幹部の個人的責任をいってみても・・」といった、
しらけた気分も。
そんな時の流れ、社会の変化の中で
「カネミ倉庫は人間の心を取り戻せ」という患者の叫びまでも、置き去りにされ、
公害企業幹部の「個人責任」は"風化"していくのだろうか。
社長無罪むなしく
人間としての良心が裁かれていない――24日朝、 福岡県田川郡添田町の自宅で判決を伝えるテレビを見つめながら、 紙野柳蔵さん(65)はそう考えた。 テレビの画面には、紙野さん一家が3年8ヶ月もの間、カネミ倉庫前で座り込みを続け、 「一人の人間としての反省」を求めようとした加藤三之輔社長が映し出されていた。 画面に「社長無罪」の文字。 しかし、紙野さん一家にとって、それは「人間不在の、どこか遠くのできごと」 でしかなかった。
紙野さんの一家は、妻のトシエ(59)、次女の柳子さん(33)、長男の文明さん(30)、 さらにとついだ長女の家族4人も"毒入り油"にむしばまれた。 あまりの苦しさと悲惨さが、紙野さんを救済活動に駆り立てた。 被害者の会全国連絡協議会をつくり、全国統一訴訟ではみずから原告第一号となった。
だが、民事訴訟では結局「生命の相場」をつくることにしかならない。 行政当局とかけあっても、責任逃れの理屈しかかえってこない。 「企業や社会を形づくっている一人一人の意識に問いかけねば、 公害を生み出す世の中の仕組みを変えられない」と紙野さんは考え、 座り込みを始めた。 民事訴訟の原告は下りた。賠償金は一銭も、もらわないことになる。
47年9月23日、一家四人が大雨の中でうずくまってから、 51年9月18日に疲れ切って小屋をたたむまで、カネミ倉庫正門前での座り込みは 1,330日余に及ぶ。 その間、黒地に「遺民」と白く染め抜いた旗を掲げ、 ハンドマイクで「人間らしい心を取り戻せ」と叫び続けた。
ある時は、生命と人権をテーマに、加藤社長に公開討論を呼びかけた。 加藤社長が人間の貴さについてどう考えているのか話してほしい。 それを大勢の国民にきいてもらい、判断してもらう。 「責任の所在をこまごまと追及するだけの裁判に代わって、 それは人間・加藤三之輔の考え方そのものを、大衆が裁く場になるはずだった」。 だが、カネミ倉庫は応じなかった。
紙野さんと会うことを避け続け、10日の民事判決にも出廷しなかった加藤社長は、 この日の刑事判決には出廷した。 それは、刑事訴訟法が判決を宣告する場合に被告の出頭を義務づけているからである。 しかし、そのことが紙野さんには異様なこととして映る。 「私たちが油症に苦しむ体で続けた座り込みには何にも反応を示さず、 おかみの命令にはすぐ従うのか」と。
同じ人の親、人の子として、まず被害者にわびよと、紙野さんは訴えてきた。 だが、それはかなわぬまま、民事訴訟に続いて刑事判決が下った。 「何も終わりはしませんよ。 最初にやるべきことが片づいていないのだから」
紙野さんのその後については こちらの1998年の新聞 も見てください。
また、カネミ油症事件を取り上げた 2003年の新聞や 2006年の新聞も読んでください。
「被告人森本義人、禁固1年6月に処する・・被告人加藤三之輔は無罪」。 寺坂博裁判長の声がひびいた。傍聴席の患者たちから、 思わず「あっ」という驚きの声がもれた。 2週間前、カネミ油症事件の民事裁判判決が言い渡された 福岡地裁小倉支部205号法廷で24日、こんどは刑事裁判の判決言い渡し。 1週間前、国、北九州市の行政責任を問えなかったのに続いて、 傍聴席の患者たちの間にはこの判決でも、「無念」の思いが広がった。
民事裁判では百人近くの患者たちが押しかけたのに、この日は30人ほど。 開廷前、カネミ油症原告団運営委員長の三吉康広さん(53)が 「恐らく二人とも有罪になるはず。 カネミ首脳の刑事責任が確定する意義は大きいが、 こんどはある程度結果もわかっているということなので、 各被害者の会も役員クラスの傍聴にとどめました」と説明していた。
開廷1分前、加藤社長と森本が入廷。加藤社長は羽織、はかま姿、 森本は黒っぽい背広で傍聴席に一礼。 被告席に着いた。 寺坂裁判長の前に進んだ被告二人はどちらも直立不動で言い渡しを待った。 「無罪」の声を聴いた瞬間、加藤社長は胸をちょっと張り、 森本はほとんど身じろぎもせず言い渡し、判決理由を聴いた。
森本元製油部工場長は有罪、加藤三之輔社長は無罪。
24日のカネミ油症事件刑事裁判の判決は、先の民事裁判と同様、一応、
食品業者に対する高度の注意義務を認めた判決となったが、専門家はどうみるか。
刑法学者などに聞いてみた。
社長の責任
否定は妥当
西原春夫・早大教授(刑法) この事件は公害事件というより過失犯の事件だ。
だから、責任はPCBがもれないように配慮する現場責任者にある。
つまり、罪に問われるのは中間管理職どまりでよい事件で、
社長の責任まで問いうるとするなら、PCBの毒性を知っていること、
及び単に予見可能だったというだけでは不十分で、
それを社長が現に認識していることが必要だ。
その上、PCB使用を強く命じたとか、部下に危険回避措置の一切をゆだねては
いけない特殊な事情がある場合に限るのではないか。
その意味で、社長の刑事責任を否定したのは妥当と思う。
判決に不満な人もいるだろうが、個人の具体的な、
不注意な行動というワクを超えて刑罰を用いるのは好ましくない。
装置の欠陥
なお論議を
野村男次・九大教授(食品製造工学) 技術部門の責任者である工場長が
有罪になったのは当然だと思う。
だが、こんどの場合、食用油をつくる装置の欠陥などについて、
もっとくわしい論議が行われてもよかったのではないか。
機械を作る技術者としては、有毒物が混入する危険を考えて、
材料を選び設計するのが常識となっているはずだ。
だからPCBの製造メーカー、食用油の製造販売会社のほか、機械製作の過程、
設計担当者や製作会社の責任が問題にされなかったのは不思議だ。
装置を使う側は、定期的に検査をし、もし異常が起きたらすぐ点検する配慮が必要だ。
こういう作業を行わなかったカネミ側に大きなミスがあったといわれても仕方ない。
国・自治体も
責任がある
磯野直秀・慶大教授(生物学) 判決の量刑の妥当性については判断が難しいが、
元工場長が有罪で社長が無罪となったことはわりきれない。
本来ならば企業責任のほかに食品行政を監督指導する
国・自治体にも責任があると思う。
PCBが大きくクローズアップされたが、PCBだけが危険なのではない。
私たちの身のまわりには無数の化学物質がある。
そのどれもがPCBと同じような"悪者"になる可能性がある。
この裁判はわれわれが化学物質にもっと強い警戒心を持て、という警鐘だ。
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