正直さのレベルの広がり
人には「だまされない」権利がある。
これを認めるなら、「人は正直でなければならない」という命題を
認めざるを得ない。
現在は「専門家」と「一般人」との関係がギクシャクしている。
この場合の専門家は「医者」であったり「技術者」であったり
「官僚」であったり、いろいろである。
気をつけなければならないのは、世の中が
「専門家」と「一般人」という2種類の人から成り立っているのではないことである。
ある分野において専門家である人も、他の分野ではまったくの素人で
一般人であるのが普通である。
たとえば「医者」でかつ「技術者」である人などまれであろう。
医者は医学については専門家であっても技術については素人であるのが普通である。
場面場面で人は専門家になったり素人になったりする。
ある個人が全ての分野の専門家になることが不可能である以上、
日常生活において誰しもが完全には理解できないことに頻繁に遭遇する。
そのときは「専門家」を信頼してその判断に決定をゆだねざるを得ない。
ここに必要なのは「専門家」と「一般人」との間の信頼感である。
専門家が特権階級として君臨し、一般人を搾取の対象としてしかみないことが
許されるのであれば、専門家は一般人との信頼関係など考慮しなくてもいい。
だが、それが一般人側に伝わったとき、その専門家集団は社会的に葬られる。
専門家集団もその専門以外の分野では一般人である。
そのような集団に属していると、一般人としての健全な社会生活にも
支障が出るであろう。
現在、専門家と一般人との信頼関係が非常に重要視されるようになっている。
そこで大切なのは、専門家の正直さである。
では正直とは何か?
「責任」にいろいろなレベルがあるように、「正直」にもいろいろなレベルがある。
最も分かりやすい「不正直」はうそをつくことである。
では「うそ」とは何か。
これも難しい。
たとえば技術者自身が間違ったことを信じて伝えているとき、
それは「うそ」と言えるのだろうか。
うそをついているつもりが、実は本当のことだったらどうなのか。
考え出したらきりがないが、普通に考えるなら、
「うそ」とは次の3条件を満たすものである。
第1がそこに「だます」意志があることであり、
第2がそれが「言葉」等で相手に伝えられるものであり、
第3にそれが「虚偽」であるか他人を「誤導」するものであることである。
ではこのような「うそ」さえつかなければ不正直ではないか。
技術者がよく犯す過ちに、意図的な欺瞞がある。
製品について過度に利点を強調する不当表示をすることである。
このような行為は「あれはうそではなかった」という言い訳を用意しているだけに、
ある意味では明白な「うそ」以上に問題が多い。
このような欺瞞は専門家と一般人の信頼関係を大きく損なうものである。
情報を意図的に省いて伝達することも不正直の一つである。
製品のマイナス面情報を伝えないことは、
合理的に考えて
そのマイナス情報はプラス情報と同時に伝達されるべきものであるなら、
やはり欺瞞と指摘される。
判断基準は技術者が勝手に決めていいものではない。
聞き手が「技術者はそれを省略しないだろう」
と合理的に期待しうるものであるかどうかが問題になる。
「だます意志」があったかどうかも重要な考慮事項である。
依頼者の同意なしに機密情報を開示すること、情報開示により他人の財産権を
犯すことも不正直の一種といえよう。
知的情報の財産権は今後大きく注目されることになる。
自分が発見した知見であっても、それが依頼者のための仕事の過程でなされた
ものであるなら、開示には依頼者の同意が原則として必要である。
情報の開示で特に重要なのは、それが公衆の安全に関わる情報の場合である。
この場合は依頼者の同意がなくとも開示する義務が技術者にはある。
間違っているかもしれない情報を確認せずに使用するのも、
広い意味では不正直に入る。
たしかにこれは積極的にうそをついているわけではない。
しかし疑問を持っているなら確認する義務がある。
それをしないのは消極的な意味での不正直である。
利害関係の相反を放置し、相反問題の回避を怠ることも不正直の一種である。
できる回避はあらかじめしておかなければならない。
このように考えてくると、正直さにもいろいろなレベルがあることが分かるであろう。
なお、研究者としては論文を書く上でデータの取扱いについて
正直でなければならない。
データの捏造(ねつぞう)は明白なうそにあたる。
データのうち自説に合うものだけを残して他を隠すことも、
うそをついていることと同じである。
データが自説によく合っているように見せるため、ばらつきを平滑化し、
その過程を隠すことも「うそ」にあたる。
これらとはちょっと違うが、盗作も研究者として犯してはならない
不正直な行為である。
もう少し考えてみたい人は
ここも読んでいただきたい。
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