技術倫理の学習では、教科書に書いてあることを覚えることより、 過去の実例や仮想事例に即して 自分だったらどうするかを考えることのほうが大切である。 そのために使用するのが事例研究教材である。 事例研究教材は 「どのように行動するのが倫理的か、 悩ましい問題」であればなんでもいい。 「悩ましい問題」であることが重要な条件である。 倫理学習だというので、 心が洗われるようなすばらしい倫理的な行為をした人の話こそが 事例研究教材だ、などと誤解しないでほしい。 たしかにそのような話を読むと、「自分もそうありたい」と考えるだろうし、 似たような状況に置かれたときにどう振舞うかの参考にもなるだろう。 しかしすばらしすぎる話は時として自分たちからかけ離れた世界の話に聞こえ、 「自分ならどうするか」という思考の対象になりにくいことが多い。 逆に、あまりに非倫理的なひどい話も教材としては不適切である。 普通の人間だったら絶対こんなことはしない、 必ずこういう適切な対応をする、 という問題回避の道筋が明確な問題事例では、 深く考えなくても「自分ならこうする」という解が見えてしまう。 悩ましい問題という条件を満たしていないのである。 ただここでちょっと注意してほしい。 非倫理的と思える行為をした人の話は新聞記事でもよく見かける。 そのような記事を読んで、自分ならこんなことは絶対しない、 こんなことをするのは生まれつきの悪人だ、 などと考えてはいないだろうか。 新聞記事の表面からだけでは、 なぜその人がそんなことをしてしまったのか、 その理由まではなかなか読み取れない。 背景事情まで調べていくと、 人間個人としては十分な倫理観を持ち、 普段は決して悪いことなどしない人が 追い込まれた状況ではとんでもないことをしてしまうことがある。 自分でもひょっとしたらこのようなことをしたかもしれない、 と思われるような事例こそが事例研究教材として有用なのである。
事例研究の題材は新聞記事にもテレビニュースにもインターネット上にも、 さらには日常生活の場面場面にも、あらゆるところにあふれている。 ただ、簡単な情報しか得られない事例では 深く考えるための教材には向いていない。 背景事情をこちらで想像して補っていく必要があり、 それに時間を割かれてしまって肝心の 「自分ならどうするか」の考察がなかなかできない。 そこで技術倫理の教科書などでは いくつかの倫理問題事例を事例研究教材用に示してある。 仮想事例なら
このように事故や事件として報道されている事柄以外でも 技術倫理の観点から議論する価値のある問題も多い。 たとえば知的財産権もその一つであろう。 例を挙げると
などである。 技術は誰のものかを考えさせる題材の一つである。 このような問題をしっかり考えることも歓迎するが、 これは「自分ならどうするか」という形での考察とはちょっと異質かもしれない。