専門職モラルの障害
| 利己主義 |
自分だけ得したいと思ってはいけません |
| 自己欺瞞 |
言い訳を考え信じこんではいけません |
| 意志薄弱 |
当初の正義感を貫徹するのは難しいものです |
| 無知 |
情報不足は間違った判断のもとです |
| 自分本位 |
誰もが自分と同じように考えるわけではありません |
| 顕微鏡的思考 |
小さいことに拘り大事を忘れてはいけません |
| 権威追従 |
権威にすがると楽ですが危険です |
| 集団思考 |
赤信号をみんなで渡ってはいけません |
利己主義
メイソンを始めとするMT社の首脳部は
利己主義であったと指摘されても仕方ないであろう。
彼らの関心が会社の業績にしか向いていなかったのは明らかである。
自分個人の利益や自分の会社の利益を追求することが全てモラルに反するわけではない。
しかし失われた人命やNASAの莫大な損失を考えると、
その危険を冒してまでMT社の業績を追い求めたことは非難される。
結果論といえばそれまでであるが、彼らにその想像力が欠如していたことも問題である。
自己欺瞞
たとえばムロイの主張
「データは打ち上げを中止するほどの決定的なものではない」
などは自己欺瞞の典型だろう。
彼はハーディの意見を聞いて「このままだと打ち上げが中止される」と感じ、
それを阻止するために主張を始めている。
彼の主張が自己欺瞞でないなら、もっと技術的な討論になったはずである。
彼自身が自己欺瞞に陥ったとともに、他の者まで自己欺瞞に引きずり込んだ
ともいえる。
意志薄弱
ルンドにはいろいろな問題があるが、意志薄弱という指摘もできる。
彼は技術者としてはどう振舞うべきかを知っていた。
それを遂行できなかった原因の一つは彼の意志の弱さである。
意志薄弱は大きな欠陥であるが、原因をこれだけに求めてしまうと
危険である。
意志薄弱以外にもどんな問題があったか、分析することが求められる。
無知
このケースでは、ある意味では全員「無知」であった。
すなわち情報が不足していた。
しかしそれ自体は問題ではない。
情報が不足している状況下で判断を求められることは実際問題として多い。
問題とすべきは「自らがどの程度無知であるか」の認識がなかったことであろう。
彼らは「事実」を尊重する姿勢に欠けていたといえる。
ある条件下でシールの損傷が起きたことは誰しもが認めなければならない事実である。
その事実を彼らは軽くみようとしている。
これは「技術者はどう振舞わなければならないか」という最も大切な知識が
欠如していたともいえる。
自分本位
誰もが自分と同じように振舞うであろうと考えるのが自分本位な人間である。
ルンドは「技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶれ」と命じられたとき、
「誰しもこんなときは経営者として振舞うだろう」と考えたとしたら、
まさに自分本位である。
顕微鏡的思考
ルンドは「技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶれ」と命じられた途端、
技術者としての思考が停止してしまった。
同時に「人としてどうあるべきか」という思考も停止したようである。
「経営者として考えよう」とすることが全て悪いわけではない。
経営的判断も加味することが必要なときもある。
しかしそのために技術者としての思考を停止してはいけない。
彼の地位は技術担当副社長である。
それは技術者としての見解を経営者としての見解に優先させることが
常に求められる立場であった。
権威追従
ムロイは技術に関する権威者に見えるように振舞った。
MT社のデータに関する自らの分析結果を長々と述べたのは、
明らかにそれに皆が追従することを期待したものであり、
議論を戦わせるという態度ではなかったのであろう。
そして結果として多くの者がそれに追従してしまった。
権威に追従することでモラルに反する行動をとる際の良心の痛みは
軽減されてしまう。
モラルに反する行動は、たとえ権威に従った結果だとしても
非難されるものであり、権威への追従はなんら言い訳にはならない。
集団思考
このケースは完全に集団思考に陥っている。
「皆がそう考えるのだから」それに従っている。
しかし冷静に状況分析するなら、いったい誰がそう判断していたのだろうか。
皆が沈黙してしまうと、沈黙は賛成とみなされ、
さらに「皆が賛成だから」決まる、ということになる。
多数決に従うのが正しい状況もある。
そうだとしても、それは真の意味での多数決でなければならない。
このケースは多数決で決めることも正しくなかった。
打ち上げの決定はまさに集団思考の結果だともいえる。
このケースを調べると、どのような場合に人々が集団思考に陥るかが
よく分かる。
権力のある者の意見の押し付けがあり、異なる意見を尊重するどころか
圧殺している。
時間的制約が強かったことも原因の一つでしょう。
MT社は、このような場合の意思決定プロセスを
あらかじめ明確化しておくべきであった。
時間的に余裕のあるときにその明確化を行い、
その結果を尊重すれば事故は防げたはずである。
さらに付け加えるなら
利己主義
誰しも他人の負担で利益を得たいと思うものである。
それが全て許されないわけではない。
常識の範囲なら許される。
しかしどこまでが常識の範囲なのか、その判断が難しい。
公務員については公務員倫理法が施行され、
どこまでは許されるのか、どこからは許されないのか、明確にする動きが
進んでいる。
また会社でも何らかの形でこれが示されていることが多い。
我々はそれに従わねばならない。
なお、他人の負担による利益は多くの場合二つに分けられる。
一つは、自らの所属する組織の費用負担で自分自身が利益を受けるケースである。
例えば会社の電話を私的に利用することはどこまで許されるかという問題である。
ここには組織の利益と個人の利益の対立がある。
判断の難しいものに、
技術者が仕事中に得たアイデアの所有権は会社か個人かという問題などがある。
もう一つは、他の組織ないし個人から自分自身が利益を得るケースである。
賄賂はこれにあたる。
微妙なケースには、
組織の一員として行った仕事の結果として個人的に表彰などの栄誉を他から受けること
がどこまで許されるか、などがある。
このような問題に直面した場合は、なるべく自分の独り善がりな判断で
行動してしまわず、適切な人に相談するように心掛け、
問題の発生を未然に防ぐべきである。
会社にはかなり細かい規則が作られているのが普通である。
それは技術者を縛るものと捉えるのでなく、
問題の未然防止に役立つものという捉え方をすべきである。
「清濁併せ呑む」という言葉がある。
これを使うときは注意したほうが良い。
往々にして「濁々併せ呑もう」としているときにこれを言い訳とする。
「誰も損しない」ということを言い訳に使ってはならない。
顔が見える範囲の人は確かに損しないかもしれない。
しかしその結果商品の価格が上がるなら消費者が、
環境が傷つくなら住民が、明らかに被害を受けるのである。
自己欺瞞
人間は苦痛を伴う真実の受け入れを意図的に回避しようとする。
したがって、その問題を考えないようにしたり、言い訳を必死で考えたりする。
そして、うまい言い訳を思いつくと、今度はそれを信じ込もうとする。
これを避けるには強い意志が必要である。
「あなたは、他人がそれをしたとしてその結果を容認できるか?」という問いの答えを、
最も被害を受ける者の身になって考えるような習慣が必要である。
適切な人に相談するのもよい。
ただ、集団思考に陥っているときは、その集団内で相談すると
自己欺瞞がますます増幅することもあるので、注意が必要である。
意志薄弱
我々の意志薄弱は二つの場面で現われる。
一つはしなければならないことをするのに恐怖感を覚えるときである。
もう一つは、してはいけないと分かっていてもその魅力に逆らえないときである。
前者では意志薄弱のためしなければならないことをしなくなる。
後者ではしてはいけないことをやってしまう。
これらを避けるべく、ルールや仕組みが作られているはずである。
しなければならないことに対する恐怖感を低減させ、
場合によっては誉められるような仕組みを用意する。
してはいけないことをした場合には罰することでその魅力を下げる。
このようなルール、仕組みがきちんとできているか、
その点検も必要である。
なお、意志の弱さは伝染する。
誰かが意志の弱さを発揮したため、集団全体が正しい選択をできなくなることもある。
日頃から模範となる人を見つけ、その人だったらどう振舞うかを考えること
などは、一つの解決策となる。
無知
「その行為が法律上どのような罪になるのか」という知識が不足している
技術者が多いと指摘されている。
すなわち技術者は技術の開発ばかりに興味を持ちすぎるため、
社会的常識に疎くなり、
法律などまで興味を持たなくなってしまう。
知らないで罪を犯しても罪は罪であること、
したがって気になる行為をするにあたっては
「その行為が法律上どのような罪になるのか」確認を心掛けねばならない。
責任ある技術者になるためには、技術を学ぶだけでなく、
文科系の諸知識も学ぶように心掛けたい。
自分本位
差別意識は自分本位な考え方から生まれる。
自分と異なる文化の存在を受け入れず、自分の考え方が世界中で通用すると
考えるのは明らかに間違いである。
例えばイスラム教の教えはイスラム教を信仰する者にとって非常に重いものであり、
信仰しない者がそれを無視してはならない。
性による差別も大きな問題である。
あなたが男性であるなら「女性はどう感じどう考えるか」は簡単には理解できない。
自分本位を完全に脱却することは非常に難しいが、
我々はそのことを常に自覚し、少なくとも問題を生じさせないように
心掛けなければならない。
顕微鏡的思考
技術者は技術者である前に良識ある一市民でなければならない。
日本人は所属する組織への帰属意識が強いといわれている。
そして「会社の利益になることをしておけば、たとえそれが社会的には
罪とされ自分個人が罰せられたとしても、会社は最後まで面倒を見てくれる」
という幻想を未だに引きずっている人もいる。
このようなやくざの仁義が一般社会で通用するわけがない。
会社のルールより公的なルールが優先するのは当たり前である。
そうしない会社は必ずつぶれるから、社員を守ってくれるはずもない。
会社は社員の忠誠を必要とすることから、「会社のルールを守ること」を強く教育する。
しかし、だからといって公的ルールを忘れてはならない。
会社のため公的ルールを無視するなどは典型的な顕微鏡的思考である。
権威追従
社会学者ミルグラムの実験結果は、多くの者がいかに権威には追従しがちであるか
を教えている。
学習実験と称してボランティアを集め、
「学習者」が間違えると電気ショックを与えるように指示する。
「学習者」は実験の意図をよく知っている者で、電気ショックがくると
大袈裟に苦痛の演技をする。
「実験だから」「死ぬことはないから」という権威者の指示に追従し、
とんでもない電圧のショックを加えるボランティアが大部分であった。
権威へ追従してしまうと、常識が働かなくなる。
いわば集団ヒステリー状態にもなることは歴史が教えている。
技術者は権威に対し適当な距離を置くことを心掛けるべきであろう。
集団思考
集団思考の兆候に次のようなものが挙げられる。
- 失敗しても組織は永遠に続くという幻想
- 強い仲間意識(外部の者を敵とみなす)
- 自己欺瞞・他への責任転化
- 組織固有の「間違ったモラル」への忠誠強要
- メンバーに自己批判を求め組織の平穏を守ろうとすること
- 満場一致の幻想(沈黙を賛成と解釈)
- 反対意見者への圧力(統一を守るためのリーダーの干渉)
- 心に鎧をまとい、反対見解の侵入を阻止する
リーダーは特に注意しなければならない。
影響力の大きなリーダーは、たまには会議を欠席するなどしてでも、
自分の考えの押し付けになっていないことを確認すべきである。
会議前に各個撃破して発言を抑えるなどはもってのほかである。
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